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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)5686号 判決

原告(反訴被告) 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 河合弘之

同 井上智治

同 池永朝昭

同 栗宇一樹

右訴訟復代理人弁護士 安田修

同 青木秀茂

被告 国

右代表者法務大臣 長谷川信

右指定代理人 田中治

〈ほか一名〉

被告 東京都

右代表者知事 鈴木俊一

右指定代理人 小沼文和

〈ほか二名〉

被告(亡乙山春夫訴訟承継人) 乙山一郎

〈ほか二名〉

被告(反訴原告) 丙川夏子

右四名訴訟代理人弁護士 佐藤安俊

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

反訴原告の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は、本訴について生じた部分は本訴原告の負担とし、反訴について生じた部分は反訴原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  被告国、被告東京都、被告丙川夏子は、原告に対し、各自金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年五月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告乙山一郎、被告乙山花子、被告戊田春子は、原告に対し、それぞれ金三三三万三三三三円及びこれに対する昭和五七年五月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行の宣言

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

(被告ら)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(被告国及び東京都)

3 担保を条件とする仮執行宣言免脱

三  反訴原告丙川夏子の(以下本訴反訴を通じ「被告丙川」という。)から反訴被告(以下本訴反訴を通じ単に「原告」という。)に対する反訴請求の趣旨

1  原告は、被告丙川に対し、金一〇〇万円及び昭和五七年八月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行の宣言

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  被告丙川の請求を棄却する。

2  訴訟費用は被告丙川の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求原因

1  起訴猶予処分に至るまでの経緯

東京都牛込警察署所属の警察官は、新宿簡易裁判所裁判官から発付を得た逮捕状により昭和五六年一一月二九日原告を通常逮捕した。被疑事実は「被疑者甲野太郎は昭和五六年一〇月二八日ころの午前一〇時ころから同日午前一〇時三〇分ころまでの間、東京都新宿区《番地省略》所在乙山竹夫こと乙山春夫方において同人所有にかかる土地権利書一通他五点を窃取したものである。」というものである。さらに、新宿区検察庁検察官は、昭和五六年一二月一日新宿簡易裁判所裁判官に対し原告の勾留を請求し、同日、同裁判所裁判官は原告に対して勾留を決定し、原告は同月一〇日まで勾留されたが、右検察官は、同日原告を勾留期間満了により釈放し、昭和五七年三月三一日原告を起訴猶予処分とした。

2  原告と訴訟承継前の被告乙山竹夫こと乙山春夫(以下「乙山」という。)及び被告丙川との関係

(一) 原告は、昭和五六年一〇月ころ、乙林ハウス有限会社(以下「乙林ハウス」という。)の営業部に勤務する従業員であったが、右乙林ハウスの指示で栃木県那須郡地域の土地所有者との間で土地購入交渉を行なっていた。

(二) 乙山は被告丙川の内縁の夫であり、被告丙川は乙林ハウスが買収の対象としていた右地域に土地を所有していた訴外丁原秋子(以下「丁原」という。)の母である。

3  検察官及び警察官による違法な職務行為

東京都牛込警察署警察官及び新宿区検察庁検察官による原告に対する逮捕、勾留などは以下の理由により右警察官及び検察官の故意あるいは過失によりなされた違法なものである。

(一) 逮捕、勾留、捜査に関する違法行為について

(1) 警察官及び検察官の注意義務

捜査機関は被疑者が罪を犯したと疑うに足る資料を収集したうえで令状請求をすべきであり、いやしくも自白獲得を目的とする令状請求及びその執行並びに見込みのみによる令状請求及びその執行は、厳に慎まなければならない。逮捕、勾留が被疑者の身柄拘束という重大な結果をもたらすものであるのみならず、社会的にも様々な不利益をもたらすものであることを考えれば、捜査機関には令状請求及び令状執行の前提として令状請求及び執行をすることが合理的と考えられるだけの十分な資料収集活動を遂げる義務を負っている。

(2) 警察官による逮捕状請求及び逮捕状執行についての違法行為

乙山は、後記のとおり、自宅に原告が訪れた際、原告から目を離したすきに被害があったとしながら、被害発生時から約一か月を経過して警察署へ被害届出をするなど、準現行犯の態様で権利証を窃取されたと主張する被害者の犯人に対する措置としては不自然であるのに、東京都牛込警察署警察官は、原告に対する被疑事実について、乙山の供述を鵜呑みにし、窃取されたとする権利証記載の不動産の所有者を確定するなどの充分な裏付捜査をすることなく、原告に対する逮捕状請求を行なった。

また、右警察官は、東京都八王子市《番地省略》シャレー甲村六〇三号室(以下「シャレー甲村」という。)を原告の住居として確認しているのに、故意に右住居を原告の単なる立ち回り先であるとし、住居不定として原告に対する逮捕状請求を行なった。

また、原告にとって第三者である丁原名義の権利証を窃取したところで無価値であることは明らかであるのに、右警察官は、本件権利証に対する評価を誤り、原告に対する前科照会に基づく予断と偏見により原告を逮捕した。

さらに、原告は、右警察官に対し、原告が乙林ハウスで勤務中に記載していた業務日誌(以下「本件業務日誌」という。)などを提示したうえ、右業務日誌に基づいて犯行日時とされるころの原告の行動について説明し、アリバイを主張したにも拘らず、右警察官は理由のないあるいは必要性のない逮捕状の執行をした。

(3) 検察官による勾留請求についての違法行為

新宿区検察庁検察官は勾留の理由、必要性が存しないのに原告から自白を獲得する目的で勾留を請求した。

(4) 警察官及び検察官による捜査、取調べに関する違法行為

① 捜査の懈怠

右警察官及び検察官は、原告が主張するアリバイ事実についての裏付捜査を怠り漫然と勾留期間満了まで原告の勾留を継続した。

② 自白の強要

一般的に、被疑者の居所が数箇所ある場合は、数箇所を同時に捜索しないと、罪証隠滅のおそれを理由として、被疑者が長期間身柄を拘束され不必要な身体的苦痛を蒙ることは明らかである。したがって、被疑者の身柄拘束に先立って複数存する居所の捜索を行うべきであるのに、右警察官は、故意に、複数ある原告の居所の捜索を遅延させて原告の身柄拘束を先行させ、もって原告の身柄拘束期間を長期化し、長期化した身柄拘束期間を利用して原告に対し自白を強要した。

右警察官及び検察官は、原告が逮捕されてから一貫してアリバイを主張しているのにこれをまともに取り上げず、原告に対する身柄拘束及び原告の痔疾による痛みを利用して原告に自白を強要した。

(二) 弁護人選任権侵害に関する警察官の違法行為について

右警察官は、弁護士河合弘之(以下「河合弁護士」という。)他二名が原告の弁護人になったことを知り、同人らを原告の弁護人として処しながら、原告の妻甲野冬子の選任にかかる弁護人選任届が提出されているのに、これを故意または過失により捜査記録に編綴せず原告が釈放されるまで放置した。また、右警察官は、右河合弁護士が原告の弁護人に就任し、河合弁護士からその旨の申し出を受けているのに、検察官への事件送致に際して故意に弁護人の氏名、連絡先を申し送らなかった。

右警察官の右行為により河合弁護士らは、勾留裁判所から原告に対する勾留決定の連絡を受けることができず、その結果、勾留理由開示、勾留決定に対する準抗告申立などの処置を取ることができず、よって、原告は弁護人選任権を侵害された。

(三) 原告の痔疾悪化に関する警察官及び検察官の違法行為について

原告には痔の持病があるところ、留置場に収容され、寒さのため痔疾が急速に悪化した。そのため原告は、原告を取り調べた右警察官及び看守係に再三治療を受けたい旨申し出たが、右警察官らが原告の申出を取り合わずこれを放置したため、毎晩大量の出血に苦しんだ。

また、右検察官は、原告の痔の持病があることを熟知しており、原告から痔疾が急速に悪化し、大量の出血、頭痛が生じていることの申出を受けながら、原告に必要な治療を受けさせず、捜査を強行した。このため、原告は、多大な苦痛を味わい、本来なら受ける必要もなかった手術を受けることを余儀なくされた。

4  被告国及び被告都の責任

前記の違法行為をした検察官は被告国の公務員であり、警察官は被告東京都の公務員であり、前記3記載の違法な行為は検察官及び警察官が職務を行なうについてなしたものであり、その職務遂行について故意または過失があったことは明らかであるから、被告国及び被告都は、国家賠償法一条一項により、右検察官及び警察官の行為によって被った原告の後記7の損害について賠償すべき責任がある。

5  乙山及び被告丙川の違法行為

(一) 乙山及び被告丙川は、昭和五六年一一月二三日、警視庁牛込警察署に対し、原告が、同年一〇月二八日午前一〇時ころ、乙山方を訪れて栃木県那須郡所在の土地売買の件で乙山と商談中、乙山の席をはずしたすきに、部屋の中に置いてあった土地権利証一通その他五点を窃取したとして被害届出(以下「本件被害届出」という。)をした。

(二) 乙山及び被告丙川は、共謀の上、原告が本件被疑事実にかかる罪を犯していないことを充分認識していながら、原告に刑事処分を受けさせる目的で、警視庁牛込警察署警察官に対し前記5(一)のとおり虚偽の事実を申告して原告を逮捕勾留させ、原告に後記7のとおりの損害を与えた。

6  乙山は昭和六〇年八月三〇日死亡し、被告乙山一郎、被告乙山花子、被告戊田春子はいずれも乙山の子である。

7  原告の損害

(一) 得べかりし給与―金三六〇万円

(1) 原告は本件逮捕当時、丁林株式会社に営業担当社員として勤務しており、右会社では固定給月額金一二万円及び売上高の六パーセントを歩合として給付されることになっていた。

(2) 原告は、昭和四〇年ころ丙本不動産株式会社に勤務し、不動産販売業務に従事して目覚ましい営業成績を挙げ、右丙本不動産株式会社を代表する営業マンとして雑誌やテレビに報道されるほどであった。

(3) 以上のように原告の右丙本不動産株式会社での営業実績からみて、原告は右丁林株式会社において少なくとも月額金六〇万円の給与を受けることができた。

したがって、原告が逮捕された以降、収入を得ることができなかった六か月間に得べかりし給与の合計額は金三六〇万円であり、原告は同額の損害を被った。

(二) 得べかりし報酬―金七六万円

原告は、昭和五七年一一月ころ、株式会社戊林建設社の相談役を勤めており土地売買契約が成立する寸前の状況にあったところ、本件逮捕により右契約に関与することができなくなり、右契約の成立により得くべき報酬金七六万円の支払いを受けられなくなり、同額の損害を被った。

(三) 入院などの費用―金六万二四一一円

原告は、本件逮捕、勾留中に痔疾が悪化したので看守係及び捜査官に投薬及び医師の治療を依頼したにも拘らず、施薬、治療を受けることができなかったため、釈放後右痔疾のため入院及び手術を余儀なくされた。

原告は、右入院及び手術費用として金六万二四一一円を支出し、同額の損害を被った。

(四) 慰謝料―金五〇〇万円

原告はまったく身に覚えのない被疑事実により逮捕、勾留され、著しくその名誉、社会的信用を傷つけられた。また、原告が携わる不動産仲介業は信用が重要であるのに、本件逮捕、勾留により信用を失ったことによって被った損害も莫大なものがある。これらの精神的損害を金銭に評価すれば金五〇〇万円が相当である。

(五) 弁護士費用―金一五〇万円

原告は、本件訴訟の追行について事件の性質上弁護士にその依頼をせざるを得なかった。原告は、本件原告代理人らに対して金一五〇万円を手数料報酬として支払う約束をした。

よって、原告は、被告乙山一郎、被告乙山花子、被告戊田春子(以下「被告乙山ら」という。)及び被告丙川については民法七一九条、七〇九条、被告国及び被告都については国家賠償法一条一項による損害賠償請求権に基づき、各自右損害合計額の内金である金一〇〇〇万円(ただし被告乙山らは相続分に従ってそれぞれ三三三万三三三三円)及びこれに対する損害発生後である昭和五七年五月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  本訴請求原因に対する認否

1  被告国の認否

(一) 本訴請求原因1の事実は認める。

(二) 同2の事実は認める。

(三) 同3(一)(3)の事実のうち、検察官が勾留を請求した点は認め、その余の事実は否認する。

同3(一)(4)①の事実のうち、原告が勾留期間満了まで勾留されていた点は認め、その余の事実は否認する。

同3(一)(4)②の事実は否認する。

同3(三)の事実は否認する。

(四) 同4の事実のうち、本件勾留などは検察官が公務員として職務を行なうについてなしたものである点は認め、その余の事実は否認する。

(五) 同6の事実は認める。

(六) 同7の事実は不知。

2  被告都の認否

(一) 本訴請求原因1の事実は認める。

(二) 同2(一)の事実のうち、原告が昭和五六年一〇月当時、乙林ハウスの営業部に勤務する従業員であったとの点は認め、その余の事実は不知。

同2(二)の事実のうち、乙山が被告丙川の内縁の夫であり、被告丙川が那須地域に土地を所有していた丁原の母であるとの点は認め、その余の事実は不知。

(三) 同3(一)(2)の事実のうち、東京都牛込警察署警察官が、原告に対する逮捕状を請求した点及び原告が右警察官に対して本件業務日誌などを提示して昭和五六年一〇月二八日前後の行動を説明したとの点は認め、その余の事実は否認する。

同3(一)(4)①の事実のうち、原告が勾留期間満了時まで勾留されたとの点は認め、その余の事実は否認する。

同3(一)(4)②の事実は否認する。

同3(二)の事実のうち、河合弁護士らが勾留裁判所から原告に対する勾留決定の連絡を受けることができなかったとの点は認め、その余の事実は否認する。

昭和五六年一二月一日、河合弁護士事務所の事務員が選任者及び弁護士の署名、捺印等の必要事項が記載されていない単なる弁護人選任届出用紙を持参したので、看守係の警察官は右事務員に弁護人選任届出用紙に必要事項を記載してくるように求めたところ、右事務員が河合弁護士から原告及び原告の捜査担当の警察官に話をしてあるので、このまま原告に渡してもらえればわかる旨述べた。そこで、右看守係の警察官は、必要事項が記載されていない弁護人選任届出用紙を原告への差入物として受領し、原告もこれを受領した。

同3(三)の事実のうち、原告に痔の持病があるとの点は不知、その余の事実は否認する。

(四) 同4の事実のうち、本件逮捕などは警察官が公務員として職務を行うについてなしたものである点は認め、その余の事実は否認する。

(五) 同6の事実は認める。

(六) 同7の事実は不知。

3  被告乙山一郎、被告乙山花子、被告戊田春子及び被告丙川の認否

(一) 本訴請求原因1の事実は不知。

(二) 同2(一)の事実は不知。同2(二)の事実は認める。

(三) 同5(一)の事実について、被告丙川は否認し、被告乙山らは被害日時の点は否認し、その余の事実は認める。乙山は、被害日時について昭和五六年一〇月二八日ころとして被害届出をした。

同5(二)の事実は否認する。

(四) 同6の事実は認める。

(五) 同7の事実は不知。

三  反訴請求原因

1  不当訴訟の提起

(一) 原告は、昭和五七年五月一一日、被告丙川及び乙山、本訴被告国、被告都を共同被告として、被告丙川らに対し各自金一〇〇〇万円を支払えとの訴えを提起した。

(二) 右訴えの請求原因は本訴請求原因記載のとおりである。

(三) 原告の被告丙川に対する右請求は、故意に虚偽の事実を捏造した、あるいは、事実調査を怠った単なる推理推論に基づく過失による不当な訴えの提起である。

2  被告丙川の損害

(一) 慰謝料―金一〇〇万円

被告丙川は原告の不当な提訴により被告の座という不名誉な地位に立たされたうえ、金一〇〇〇万円という被告丙川にとって生涯支払うことができないような莫大な金額の請求をされたことで、非常な精神的苦痛を味わった。これらの精神的損害を金銭に評価すれば金一〇〇万円が相当である。

(二) 弁護士費用―金六七万円

被告丙川は本件反訴の訴訟進行について事件の性質上弁護士にその依頼をせざるを得なかった。被告丙川はその代理人に対して金六七万円を手数料報酬として支払うことを約束した。

よって、被告丙川は原告に対し、民法七〇九条による損害賠償請求権に基づき、損害合計額の内金である金一〇〇万円及びこれに対する損害発生後である昭和五七年八月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

四  反訴請求原因に対する認否

1  反訴請求原因1(一)、同1(二)の事実はいずれも認め、同1(三)の事実は否認する。

2  同2の事実は不知。

第三証拠《省略》

理由

第一本訴請求原因中被告国及び被告都に対する請求について

一  本訴請求原因1(起訴猶予処分に至るまでの経緯)の事実は、原告と被告国及び被告都との間では争いがない。

二  そこで、請求原因3(一)(警察官及び検察官による逮捕、勾留、捜査に関する違法行為)について判断する。

1  はじめに、請求原因3(一)(1)の警察官及び検察官の注意義務の点について検討するに、捜査機関が、ある被疑事実について被疑者を逮捕、勾留し、その間被疑者及び関係人の取調べなどの捜査を遂げた結果、最終的に、種々の事情を勘案して、被疑者を起訴猶予処分として公訴を提起するに至らなかったとしても、直ちに被疑者に対する逮捕、勾留が違法となるものではない。

しかし、一方では、被疑者の逮捕、勾留は、被疑者の身柄拘束など被疑者に重大な不利益を及ぼす処分であることからすれば、右逮捕、勾留が刑事訴訟法に定める手続きを適法に経ているからといって、直ちに捜査機関が全ての点において免責されるとまで解することはできない。

したがって、事後的に審査した結果、捜査機関による行為のなされた当時すでに収集されていた捜査資料及び事案の性質上当然なすべき捜査によって得られたであろう資料を前提にした場合において、資料の評価を誤り、経験則、論理則に照らして到底その合理性を肯定することができないという事情が存在し、ひいては刑事訴訟法に定める逮捕などの要件が存在しないにも拘らず、逮捕などの捜査手続きがなされたと認められる場合、そのような逮捕などの捜査手続きは違法であるというべきである。

以下においてはこのような観点から、警察官及び検察官の捜査行為の違法性について検討する。

2  請求原因3(一)(2)(警察官による逮捕状請求及び逮捕状執行の違法性)について判断する。

(一) 前記当事者間に争いのない事実に、《証拠省略》を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 乙山は、昭和五六年一一月二三日、警視庁牛込警察署所属司法警察員である山本寿幸警部補(以下「山本警部補」という。)に対し、同年一〇月二八日ころの午前一〇時から午前一〇時三〇分ころまでの間に、東京都新宿区《番地省略》所在の乙山方の二階居間において、丁原名義の土地権利書一通(以下「本件権利証」という。)他五点を乙林ハウスの甲野という男に盗まれた旨の盗難被害の届出をした。

(2) 山本警部補は、乙山から盗難被害届を受理するとともに、乙山から事情を聴取したが、その要旨は以下のとおりである。

① 自己の資金で購入した栃木県那須郡黒磯町《番地省略》所在の土地(以下「本件土地」という。)を丁原名義で登記していたところ、原告が、同年一〇月初めころ、乙林ハウス営業部甲野太郎という名刺を示して乙山方を訪れ、本件土地を買いたい旨申し入れたが、乙山はこれを拒否した。ところが、原告は、同月半ばころ乙山方を訪れ、本件土地の購入価格として七八〇万円を提示したのに対し、乙山は右価格が予期以上に高額だったので本気にしていなかった。

さらに、原告は、同月二八日ころの午前一〇時ころ乙山方を訪れ、乙山に対し購入提示価格の引き上げや土地売却に伴う税金対策などについて種々説明していた中途で、乙山が二、三分席をはずして戻ったところ、原告が落ち着かない態度で乙山方を辞そうとしており、乙山が話の途中でもあるからとして原告を引き止めたにもかかわらず、原告は乙山方を辞した。原告が乙山方を辞した後、乙山は、原告との対談中サイドボード下にあるのを確認していた本件権利証の入った紙袋一通とアパートの賃貸借契約書が入った紙袋一通が紛失しているのに気づいて、原告の後を追ったが原告の姿は見当たらなかった。

② 乙山は、当時乙山と被告丙川のみが乙山方に同居し、被害日時には被告丙川は外出していたなどの状況からして、本件権利証などを盗んだのは原告以外にないと思ったが、原告との間で盗んだ盗まないという話になるのを避けたい気持ちから、原告に対し、間違って本件権利証などを持って帰らなかったかという様に聞いてみようと考え、同月末ころ乙林ハウスを訪問したが、乙林ハウスの事務所は閉鎖されていて原告には会えなかった。さらに、乙山は、乙林ハウスに電話したが原告は辞職したということであり、そのうち乙林ハウスへの電話が不通となり、原告への不信感を強めていたところ、原告の上司と名乗る甲田三郎(以下「甲田」という。)から乙山へ電話があり、甲田から原告が配置転換になったこと及び原告の自宅の電話番号を知らされた。

そこで、乙山は、原告の自宅に電話して本件権利証の所在を尋ねたところ、原告がその所在については心あたりがないこと及びたとえ権利証がなくても証明書と印鑑証明があれば大丈夫だという返答をするので、不動産に関しては専門家と考えていた原告の言い分を信用していた。ところが、近隣の不動産屋から権利証は現金と同じだと説明され、乙山は、原告が権利証を窃取したことについて乙山から警察への被害届出を阻止するために右のような話をしたものと考え、即刻警察署へ被害届出をした。

(3) 山本警部補ら捜査員は、被告丙川及び甲田から事情聴取を行い、被告丙川からは原告の乙山宅への訪問状況、本件土地買収についての原告と乙山らとの交渉の経緯及び犯行日時に関して、また甲田からは原告の乙林ハウスへの勤務状況、乙山から乙林ハウスへの原告宛ての権利証紛失についての電話状況に関して、それぞれ概ね乙山の供述を裏付ける供述を得た。

犯行日時については、被告丙川から乙山方で宗教的行事が行われた昭和五六年一〇月二九日の前日ころとの供述を得た。

また、山本警部補ら捜査員は、被害場所である乙山方二階居間で、原告の坐っていた場所と本件権利証などがおいてあった場所との位置関係について実況見分を行い、原告が本件権利証を持ち出せる可能性を肯定し得る程度に、両場所が近接しているという結果を得た。

また、山本警部補は、本件土地の登記名義人について照会を行った。

さらに、山本警部補は前科照会の結果、原告には三件の前科があり、そのうちの一件は、昭和三六年、他から金融を得る目的で不動産登記済権利証を騙取したなどの事実により有罪判決を受けたというものであることが判明した。

これに対し、本件権利証は依然として未発見であった。

(4) 山本警部補ら捜査員は原告の住居について次のような捜査を実施した。

すなわち、乙山が甲田から聞いた電話番号の調査により、右電話の設置場所は東京都八王子市《番地省略》(以下「丁山町住宅」という。)で、架設名義人は原告の妻であることが判明した。

また、原告の住民票にはシャレー甲村の所在地が登録されていたが、原告が乙林ハウスへ提出した履歴書には、その作成日が前記住民票登録日以降であるのに、原告は自己の住所を丁山町住宅としていた。

丁山町住宅には「甲野」の表札が掛かっていたが、付近住民に聞き込みをしたところ、原告の姿は時々見掛ける程度であるということであった。

シャレー甲村には一階の集合郵便受けに、他人の姓の下に「甲野」と表記してあったが、管理人がたまたま不在で聞込みができなかった。

本籍照会により、シャレー甲村には原告の娘とその子供らが居住していることが判明した。

以上の捜査結果から、山本警部補らは、原告の住居は一応丁山町住宅と考えられるが、必ずしも右住宅で原告が規則的な生活を送っているとまでは認められないと判断し、また、シャレー甲村を原告の立ち回り先と判断した。

(5) 以上の捜査結果から、山本警部補らは、原告には本件権利証を窃取したと疑うに足る相当な理由があり、原告の居住実態が判然としないこと、本件権利証の所在が不明であること、乙山からの電話で、乙山が権利証の紛失について原告に対し疑惑を抱いているということを、原告が認識していると考えられることなどから、逃亡のおそれ及び罪証隠滅のおそれがあると判断し、原告に対する逮捕状を請求することとした。

(6) 山本警部補らは、昭和五六年一一月二七日、新宿簡易裁判所裁判官から原告に対する逮捕状の発付を得たうえ、同月二九日、シャレー甲村で原告に事情聴取を行ったところ、原告が、表の様なメモ(以下「本件メモ」という。)およひ三〇枚位綴りの日誌様のもの(以下「本件業務日誌」という。)を山本警部補らに示して犯行日時とされる同年一〇月二八日前後の自己の行動について述べ、また、同年一〇月一六日以降乙山方を訪問していない旨供述し、被疑事実を否定したので、原告からさらに事情聴取をすべく原告に牛込警察署まで任意同行を求めたところ、原告はこれに応じた。

(7) 山本警部補らは、牛込警察署においてさらに原告に対する事情聴取を行ったところ、原告は、本件メモ及び本件業務日誌を示して犯行日時とされる同年一〇月二八日の午前一〇時ころには、乙林ハウスを退社した後の新たな勤務先である乙本地所で勤務しており、乙本地所には同年一一月二〇日ころまで勤務していた旨供述した。

ところが、原告の示した本件メモは同月五日から同月二一日ころまでの乙山方への来訪の要旨が記載されたもので、一方本件業務日誌は、同月一七日から同月二七日までのものは存在せず、同月二八日分のものについては同日の午後の時間帯、営業上の交渉先と思われる人物の名及び住所などが記載されているもので、犯行日時とされた同月二八日午前の原告の行動を直接裏付ける内容ではなかった。

そこで、山本警部補は乙本地所に電話したところ、応対に出た者から原告が同日ころ乙本地所に勤務していたかどうか判らないとの回答をえ、原告の主張するアリバイの裏付けは得られなかった。

さらに、山本警部補は、乙山へ電話して原告は被疑事実を否定している旨告げたところ、乙山から、同日ころ原告が乙山方を訪問し、本件権利証などを盗んだことに間違いない旨の回答を得た。

そこで、山本警部補は牛込署において、既に発付を得ていた前記逮捕状に基づき、同年一一月二九日午後六時三〇分ころ、原告を通常逮捕した。

(二) 以上認定の事実によれば、前記二1記載の判断基準に照らして、山本警部補らが捜査機関として当然なすべき捜査を怠った、あるいは、山本警部補らによる逮捕状の請求及び逮捕状の執行の判断について合理性を肯定し得ないということはできない。

(1) これに対し、原告は、第一に、山本警部補らは、乙山において被害発生日時から約一か月を経過して被害届出を警察にするなど、乙山の態度は被害者の取る態度としては不自然であるのに、乙山の供述を鵜呑みにして、当然なすべき裏付捜査を怠ったと主張する。

しかし、前記2(一)(2)で認定したとおり、原告が本件権利証を窃取したと考えられる状況ではあるが、乙山は、事を荒立てたくないという気持ちから原告へ連絡を取ろうと努力していたが原告と容易に連絡が取れず日時を経過してしまったこと、また、原告が勤務していたという乙林ハウスが正常な経営状態にないのではないかという疑いから原告への不信感を募らせていたところ、不動産に関しては専門家であると考えていた原告から本件権利証が格別価値のないものである旨の説明を受け、その話を信用して原告に対する追求の手を一旦緩めたという事情が認められ、この間の事情は乙山らの年齢などに照らして格別不自然なものとは評価し得ない。

さらに、原告は本件土地の所有者を確定するなどの乙山の供述に対する裏付捜査を怠ったと主張する

しかし、前記2(一)(3)で認定したとおり、山本警部補らは、本件土地所有者に関する捜査として、乙山から、本件土地は乙山が自己の資金で購入して丁原名義で登記をしたこと、乙山と丁原の関係が親族同然の関係である旨の供述を得ており、また、これらの点について被告丙川から裏付けの供述も得ていたことが推認され、また、本件土地の登記名義人についての照会をしている。確かに、実質的所有者と登記名義人が異なっているという乙山の供述からすれば、原告に対する逮捕状請求前に登記名義人である丁原から事情を聴取することが望ましかったとは言えるが、犯行があったとされる日時ころ丁原は乙山方に同居しておらず、登記名義人である丁原が本件権利証の紛失に関与しているという格別の事情も窺われなかったこと、被告丙川が丁原の実母であることを勘案すれば、原告に対する逮捕状を請求するのに必要とされる資料の収集という観点からみた場合、被告丙川に対する事情聴取は丁原への事情聴取と価値的に同視しうるというべきである。

したがって、山本警部補らは、本件不動産の所有者を確定する捜査に関して当然なすべき捜査を怠ったとは言えないし、その他、前記2(一)(3)で認定したとおり、乙山の供述に対する裏付捜査を行っており、当然なすべき捜査を怠ったとは言えない。

したがって、原告の右主張には理由がない。

(2) 第二に、原告は、山本警部補らはシャレー甲村を原告の住居として確認しているのに、シャレー甲村を立回り先とし、住居不定として原告に対する逮捕状請求を行ったと主張する。

しかし、本件全証拠によっても、山本警部補らが原告の住居を不定と判断して逮捕状請求を行ったとまでは認めるに足りず、前記2(一)(4)で認定したとおり、山本警部補らは、種々の捜査の結果丁山町住宅を原告の住所と一応考えたが丁山町住宅に原告が規則的に帰宅しているとまでは認められず、原告の居住実態は判然としないという判断をしたと認められ、右判断については合理性を認め得ないとは言えない。

したがって、原告の右主張には理由がない。

(3) 第三に、原告は、丁原名義の本件権利証を窃取したところで原告にとっては全く無価値であるのに、山本警部補らにおいて本件権利証に対する評価を誤り、原告を逮捕したと主張する。

しかし、そもそも不動産権利証がそれ自体無価値とはいえないことに加え、前記2(一)(3)で認定したとおり、原告は他から金融を得る目的で第三者名義の権利証を騙取したという前科を有していることからすれば、山本警部補らは、原告が第三者名義の権利証について経済的な価値を有するという認識を有していたものと判断したと言うべく、原告の前科内容から右のような判断をすることには合理性を認め得ないとは言えない。

したがって、山本警部補らが本件権利証に対する評価を誤ったとは認められず、原告の右主張には理由がない。

(4) 第四に、原告は、原告において山本警部補らに本件業務日誌などを提示して犯行日時とされる昭和五六年一〇月二八日ころの自己の行動を説明し、アリバイを主張したのに理由のないあるいは必要性のない逮捕状の執行をしたと主張する。

しかし、前記2(一)(6)、(7)で認定したとおり、原告がアリバイ主張の裏付けとして提示した本件メモ及び本件業務日誌はいずれも犯行日時とされる同日前後の午前中の原告の行動を裏付けるものではなく、結局原告のアリバイ主張として意味を持つのは、同日午前中乙本地所で勤務していたという原告の主張のみであるのに、原告の主張するところによるとわずか半月前まで勤務していたという乙本地所から原告の勤務の有無についての裏付けが得られない状況であったことが認められる。

以上の事実によれば、山本警部補らが、原告の主張したアリバイは原告への嫌疑に対する合理的な疑いをもたらすものであるとまでは言えないと判断して逮捕状を執行したことに合理性がないということはできない。

したがって、原告の右主張には理由がない。

3  請求原因3(一)(3)(検察官による勾留請求についての違法行為)について判断する。

(一) 《証拠省略》によれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 山本警部補は、原告を逮捕後弁解録取書を作成し、さらに昭和五六年一一月三〇日に原告を取調べたのに対し、原告は、概略、乙林ハウスの営業部員として同年一〇月九日以降同月一六日までの間に四回本件土地の買収交渉のため乙山方を訪問したが、同月二〇日に乙林ハウスを解雇されたので同月一六日以降は乙山方を訪問しておらず、本件権利証を窃取したとされる同月二八日午前には乙本地所で勤務しており、被疑事実については身に覚えがない旨供述した。

その後、山本警部補は同年一二月一日、原告の身柄を捜査記録とともに検察庁に送致し、西條康弘検察官(以下「担当検察官」という。)は、同日原告の弁解を録取したところ、原告は同月三〇日に山本警部補に対してしたのと同様の供述をした。

そして、担当検察官は同日、原告について新宿簡易裁判所裁判官に対し勾留請求をした(右事実は原告と被告国及び被告都との間で争いはない。)。

(2) 右事実に前記2(一)で認定した事実を総合すれば、担当検察官の原告に対する勾留請求についての判断に関して合理性がないということはできない。

これに対し、原告は担当検察官は勾留の理由も必要性もないのに原告から自白を獲得する目的で勾留を請求したと主張する。

しかし、右主張のうち勾留の理由、すなわち、原告の被疑事実に対する嫌疑の存在については、原告が逮捕された当時原告について被疑事実に対する相当な嫌疑が存在したことは、前記2(一)、(二)で認定したとおりであり、原告の逮捕から勾留請求がなされるまでの三日間に右嫌疑を否定する特段の新証拠が出現したとの事実は本件全証拠によっても認められない。したがって、本件勾留請求当時、原告について被疑事実に対する相当な嫌疑が存在したというべく、原告に対する勾留の理由があるとの担当検察官の判断は合理性がないということはできない。

また、勾留の必要性については、勾留請求当時、前記2(一)で認定のとおり被害品である本件権利証が未発見であり、後記で認定のとおり原告の丁山町住宅、シャレー甲村の捜索が未了であったことからすれば、少なくとも原告に罪証隠滅のおそれが存したものと認められ、勾留の必要性があるとの担当検察官の判断は合理性がないということはできない。

さらに、前認定のとおり、原告が、逮捕された後勾留請求されるまでの間、被疑事実を否定していたことは認められるが、本件全証拠によっても担当検察官が原告から自白を獲得する目的をもって勾留請求をしたことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告の右主張には理由がない。

4  請求原因3(一)(4)(警察官及び検察官による捜査、取調べに関する違法行為)について判断する。

(一) まず、同3(一)(4)①(捜査の懈怠)について判断する。

(1) 《証拠省略》によれば以下の事実を認めることができる。

原告は、逮捕されてから昭和五六年一二月一〇日に釈放されるまでの間、山本警部補、担当検察官の取調べを受けているが、その供述内容は概略以下のとおりである。すなわち、原告は、乙林ハウスの営業社員として栃木県那須郡の土地を買収すべく、右地域に土地を所有していた乙山方を昭和五六年一〇月九日、さらに上司の甲川とともに同月一四日に訪問し、また同月一五日乙山方を訪問したが、乙山の機嫌をそこねて追い返され、さらに同月一六日乙山方を訪問したところ、乙山が本件土地を売却してもよいという意向を示したので、同月一九日に乙山において乙林ハウス事務所まで出向く旨乙山と約束をした。ところが、乙林ハウス事務所が同月一九日に警視庁生活課の捜索を受けたので、原告は、乙山に来社を見合わせるよう話をつけた後、同月二〇日、乙林ハウスから解雇の申し渡しを受けた。したがって、乙林ハウスを解雇された以上乙山方を訪問する理由もないし、実際に同月一六日以降、乙山と会ったことはなく乙山方を訪問もしていない。

また、同月二〇日以降の行動については、同月二〇日及び二一日は那須の土地買収交渉の営業活動を行ない、同月二一日限りで乙林ハウスを解雇されたので同月二二日から二四日までは自宅におり、同月二五日は乙林地所で採用面接を受け、同月二六日は午前中は丸ノ内、午後は品川プリンスホテルへ乙林ハウスでの給料を貰いに行き、同月二七日は午前一一時に市ヶ谷の丁沢地所で採用面接を受けた後、同日乙本地所から採用されたことを知ったので乙本地所の事務所を下見し、同月二八日の午前中は乙本地所で講習を受け、午後は大田区大森北周辺で那須の土地買収交渉の営業活動を行ない、同月二九日は午前一一時に八王子市に行き、日野市などで同じく営業活動を行ない、同月三〇日は午前中は自宅、午後は中野区などで同じく営業活動を行なっていたというものである。

(2) さらに、《証拠省略》によれば以下の事実を認めることができる。

① 担当検察官は、原告の前記供述を前提として、犯行日時とされる同月二八日午前中の原告の行動について、原告の主張を裏付ける資料は存在せず、乙本地所で勤務していたというのは原告の主張のみであること、原告が同月二七日に採用面接を受けに行ったと主張する丁沢地所の所在地と乙山方の所在地が近接していること、また、原告が丁沢地所に提出した履歴書の日付けが同月二六日になっていること、乙山及び被告丙川に対する事情聴取の結果、被害日時は、乙山方で宗教的行事が行われた同月二九日に接着した前後の日時ころとの供述を得たことから、犯行日時は同月二六日ないし二八日の午前中と判断し、山本警部補に右の点に関する捜査を指示した。

② 担当検察官の指示を受けた山本警部補らは、原告の主張するアリバイに関して、乙本地所の捜索を実施するとともにその社長に対して事情聴取を行なったが、同社長から、原告が同月二八日ころ乙本地所に勤務していたかどうか分からない、原告の記憶はないという供述をえ、丁沢地所の社長に対して事情聴取を行なったところ同月二六日か二七日に原告への採用面接を行ったという供述をえ、丁沢地所と乙山方は徒歩一五分位の極めて近距離に位置するという事実が判明し、本件業務日誌中の同月二八日付けのものに記載があり、原告が同月二八日の午後営業のため訪問したと主張する者のうち二名宛てに電話で同日の原告の訪問の有無を照会したところ、いずれも、不動産屋からその所有の那須の土地買収に関する電話があったが訪問は受けていないということであった。

(3) また、《証拠省略》によれば以下の事実を認めることができる。

① 乙林ハウスと乙本地所での原告の業務内容は、栃木県那須郡に土地を所有する者と土地の買収交渉を行なうという点で同一であり、乙本地所から交付された那須郡の土地所在地の名簿中に乙山所有の本件土地も含まれている。また、原告は、乙林ハウスで買収交渉の対象となっていた土地の所有者を乙本地所の社員として訪問したことがある。

② 《証拠省略》の昭和五六年一〇月二六日から一一月一日までの原告の行動を記した手帳の記載事項と《証拠省略》の同月二九日と三〇日の記載部分を比較すると、右両日の記載内容は必ずしも一致しない。

(4) 以上の事実を前提に検討するに、前記4(一)(1)で認定した同年一〇月五日から同月二一日までの原告の行動についての主張は、犯行日時とされる同月二八日ころの午前中の原告のアリバイを直接裏付けるものとは評価しえないが、乙林ハウスを解雇されたのだから、原告が同月二一日以降に乙山方を訪問する理由はないという観点からアリバイ主張としての意味をもつというべきであるところ、前記4(一)(3)①で認定の事実及び前記4(一)(1)で認定したとおり乙山は同月一六日ころには本件土地を売却する意向を示していたことを合わせ考えれば、同月二一日乙林ハウスを解雇された後、遅くとも、原告が乙本地所に採用されたことを知った同月二七日以降、乙山が乙林ハウス事務所に原告を訪問した同月末ころまでの間に、原告が乙山方を訪問した可能性は充分認められる。したがって、同月二一日までの原告の行動についての主張は、原告に対する被疑事実に関して的確なアリバイ主張とはいえないというべきである。

さらに、同月二一日以降同月三〇日までの原告の行動についての主張であるが、前記4(一)(3)②で認定したとおり原告の行動を裏付けるとする本件業務日誌自体が原告自らその行動を記載した手帳の記載事項と必ずしも一致しない部分があるなど、それ程高度の信用性を有するものとも評価できないうえ、本件業務日誌は担当検察官が犯罪日時としての可能性が高いと判断した同月二六日から二八日までの午前の原告の行動を裏付けるものでもない。

以上を総合すれば、担当検察官が犯行日時を同月二六日から二八日までの午前中と判断したことは合理性がないということはできないし、前記4(一)(2)で認定したとおり担当検察官の判断に従って山本警部補らは乙本地所の社長に対する事情聴取などの捜査を実施しており、本件業務日誌が原告主張のアリバイを裏付ける証拠としての価値がそれほど高度なものであったとも評価できないことを勘案すると、原告が主張するアリバイ事実について当然なすべき捜査を怠ったとは言えない。

したがって、原告の右主張には理由がない。

(二) 次に請求原因3(一)(4)②(自白の強要)について判断する。

(1) 《証拠省略》によれば次の事実を認めることができる。

山本警部補らは、逮捕状の発付とともに丁山町住宅についての捜索差押令状の発付を受けていたが、原告逮捕時に原告からシャレー甲村が住居である旨主張されたため、シャレー甲村についての捜索差押令状の発付を受けたうえ、昭和五六年一二月五日に原告の妻の立会いを得て丁山町住宅及びシャレー甲村の捜索を実施した。

(2) 《証拠省略》によれば、原告は、担当検察官から取調べを受けた際、同検察官に対し持病である痔が悪化したとして血のついた塵紙を示したことが認められる。

(3) 《証拠省略》によれば、原告は、逮捕時から釈放時まで、前記4(一)(1)で認定したとおり、概略同年一〇月一六日以降乙山方を訪問しておらず、犯行日時とされる同月二八日午前には乙本地所で勤務していた旨供述し、山本警部補及び担当検察官によって作成された原告の供述調書にはいずれも原告の供述どおりの内容が記載されていることが認められる。

(4) 以上の事実を前提に、まず、原告は、警察官らは複数ある原告の居所の捜索を遅延させて原告の身柄拘束期間を長期化し、右長期化した身柄拘束期間を利用して原告に自白を強要したと主張するのでこの点について判断する。一般的に、被疑者逮捕の要件が存しまた被疑者の居所を捜索する必要性がある場合、罪証隠滅、逃亡のおそれを考慮すると捜査機関に被疑者の身柄拘束に先立ってその居所を捜索すべき義務があるとまでは言えない。また、複数の捜索場所がある場合、時を異にして複数場所の捜索を行なえば捜索の際の立会人から捜査の秘密が洩れる恐れがあることを考慮すれば、複数場所を同時に捜索する必要性があるといえる。そこで、前認定のとおり、山本警部補らは丁山町住宅を原告の住所と判断して右住宅の捜索令状の発付を得ていたところ、原告からシャレー甲村が住居であるという供述を得たため、両場所の捜索令状の発付を受けるまで捜索を実施しなかったことが認められ、右山本警部補の判断は合理性がないとは言えないし、また、前記4(二)(3)で認定した事実に照らせば、山本警部補らは捜索の遅れを利用して原告に自白を強要したとまでは認められず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

さらに、山本警部補らは原告に対する身柄拘束及び原告の痔疾による痛みを利用して自白を強要したと主張するが、前記4(二)(2)で認定したとおり原告は少なくとも担当検察官に対し痔に関する話をしたことは認められるが、前記4(二)(3)で認定した事実に照らせば、山本警部補らが身柄拘束及び被告の痔の痛みを利用して原告に自白を強要したとまでは認められず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

したがって、原告の右主張には理由がない。

三  請求原因3(二)(弁護人選任権侵害に関する警察官の違法行為)について判断する。

1  《証拠省略》によれば以下の事実を認めることができる。

(一) 昭和五六年一一月三〇日、河合弁護士は、警視庁牛込警察署の代用監獄に留置されている原告と接見し、原告から本件被疑事実についての弁護を依頼されてこれを承諾し、また、原告の弁護人として原告のアリバイ立証のため重要性を有すると考えられた本件業務日誌を山本警部補から借り出した。また、河合弁護士は原告との右接見の際、原告が同月二九日に逮捕されたことを知ったことが推認される。

(二) 同年一二月一日、原告は新宿簡易裁判所裁判官により本件被疑事実により勾留されたが、河合弁護士は勾留裁判所及び山本警部補から原告が勾留された旨の連絡を受けなかった。

(三) 河合弁護士は、本件被疑事実について格別の対応をしなくても原告は嫌疑不十分で勾留請求されずに釈放になるか、勾留請求されても勾留の決定はされないであろうとの見通しのもとに、同月三日か四日ころ山本警部補に原告の痔についての措置を要求したほか、特段の弁護活動を行なっていないし、原告が勾留されていた間、手続上原告の弁護人として扱われていないということも認識していなかった。

2  ところで、被疑者のする弁護人の選任については、刑事訴訟規則に定めがないから、必ずしも選任は書面にすることを要せず、口頭でも差し支えないと解されている。したがって、河合弁護士が原告と接見した際、原告から弁護の依頼を受け、これを承諾して、原告に対する被疑事実に関する捜査主任である山本警部補に原告の弁護人として本件業務日誌の借り出しを申し出た時点で、法的には、少なくとも河合弁護士は原告の弁護人として有効に選任されたというべきである。また、被疑者が逮捕された場合、その身体を拘束されてから七二時間以内に検察官が被疑者について勾留請求するか、公訴を提起するかしなければ被疑者の身柄は釈放される(刑事訴訟法二〇三条、同法二〇五条)ことからすれば、昭和五六年一一月二九日に逮捕された原告は、遅くとも同年一二月二日中に釈放されていなければ、通常は原告に対して勾留決定がなされたということを、河合弁護士らは当然知り得たはずである。にもかかわらず、河合弁護士は、一二月三日か四日ころ、すなわち、原告が既に勾留されていると考えられる日時になって、山本警部補に原告の痔に関する処置を依頼したのみで他に弁護活動を行なっていない。したがって、弁護人選任届けに関する経緯が、仮に原告主張のとおりであり、勾留裁判所等から河合弁護士らへ原告が勾留されたことが連絡されなかった理由が、原告の妻と河合弁護士らの連署の弁護人選任届けを警察官が捜査記録に編綴しなかったことによるものであっても、右事由と原告が勾留中に河合弁護士らから必要な弁護活動を受けなかったこととの間には何ら因果関係は存しないというべきである。したがって、原告の右主張には理由がない。

四  請求原因3(三)(原告の痔疾悪化に関する警察官及び検察官の違法行為について)について判断する。

1  まず、原告の痔の病状などについて検討する。

(一) 《証拠省略》によれば以下の事実を認めることができる。

(1) 昭和五六年一二月三日ころ、原告の友人から果物、脱脂綿及び塗り薬の差入れがあったが、留置主任官は、薬については、安全性の保障がなく、また、留置人の具合が悪いときには警察医が診療措置を取ることになっていることから、その差入れを認めなかった。ただ、留置主任官は、薬が差し入れられたことから原告に薬を必要とするような症状があるのか、看守係に調査させたところ、原告には治療を要するような症状はないという結果であった。

(2) 留置主任官は、同月四日、原告の妻から原告に薬の差入れを拒否されたので治療を要求せよという内容の電報がきたことから、さらに、原告の症状について看守係に調査させたところ、治療をしなければならないような疾病はないという結果であった。

(3) 看守係が、原告の入浴の際、原告使用のロッカーを点検した際、未使用の脱脂綿が入っていたので、原告から事情を聞いたところ、今は痛まないが、昔痔が悪かったので悪化すると大変なので差し入れてもらった旨述べた。そこで、看守係は原告に対し痛むようであれば看守係に申し出るように伝えるとともに、担当の看守係長にその旨報告をした。

(4) 担当検察官が原告を取調べた際、原告は担当検察官に対し留置期間中に持病であった痔が悪化したとして五〇〇円玉よりもう一回り大きい位の血のついた塵紙を示したので、担当検察官は原告にどうしても苦しければ看守係を通じて医者の治療をうけるよう応答した。

しかし、原告は、担当検察官の取調べを受けた際、椅子にきちんと腰掛けており、痔の痛みで我慢ができないという姿勢、態度は見受けられなかった。

(5) 原告は、昭和五七年三月四日ころ、痔の手術を受けた。

以上の事実を総合すると、原告が、留置されていた期間に、痔により少量の出血をしたことは推認されるが、その病状としては直ちに治療や入院を要するほどのものではなかったと認めるのが相当である。

(二) これに対し原告本人尋問の結果中には、原告は留置期間中に痔により大量に出血し、また、甲第二二号証に写っている下着類が留置中の出血状況を示すものであるとの供述部分があるので検討する。

《証拠省略》によれば、看守係が留置人の下着を見る機会は、留置人が、入浴する際、下着の洗濯をする際、便所に行く際、着替えをする際、移監をする際が考えられること、留置人の私物を保管する箱は一日に二回点検するので血液の付着した下着や脱脂綿などが保管されていれば当然看守係の目につくこと、留置人が使用した下着を家族へ返す場合も規律保持の必要上看守係が衣類については一点ずつ広げて点検することが認められる。以上の事実によると、看守係に発見されないで原告が留置中に使用した血液の付着した下着あるいは脱脂綿を留置場外に持ち出すことは著しく困難であると認めるのが相当であるのに、本件全証拠によっても留置中に原告の血液の付着した下着等を認めた看守係が存したことを認めるに足りないこと、原告自身甲第二二号証に写っている下着類について、何時、着用していたものかわからない旨供述している部分があることを合わせ考えると、甲第二二号証は、その証拠としての信用性ははなはだ低いものと評価せざるをえず、したがって、前認定を左右するものとはいえないし、また、前記原告本人の供述部分は前認定に照らせば採用しえない。

2  次に、原告は痔について看守係及び捜査官に対し医師の治療を受けさせるよう要求したという点について検討する。

《証拠省略》中には、原告は、山本警部補ら取調べ担当の警察官、看守係及び担当検察官に対して、痔の治療の申し出をした旨供述する部分がある。

しかし、《証拠省略》によれば、山本警部補は同年一一月三〇日の午前から午後にかけて原告の取調べを行ない、原告の健康状態について尋ねたところ原告は特に悪いところはなく血圧も正常であると答えていることが認められる。したがって、少なくとも同月三〇日の時点で原告が山本警部補らに痔について医師の治療を受けたい旨の申出をしていないことは明白である。

さらに、《証拠省略》によれば、被疑者などを留置する際、外傷について丹念に調べ健康状態について留置人から事情を聴取し、留置人において具合が悪いところがあるという場合は留置人名簿及び事務引継簿に記載して医者の診察を受けさせるべきかどうか上司の判断を仰ぐという処置を採っていることが認められる。しかるに、原告が看守係らに痔に関して治療を受けさせるよう申し出たという事実は、原告本人の供述の他にはこれを裏付ける証拠は存在しないこと、前認定のとおり原告は少なくとも同月三〇日に山本警部補に対し治療の要求をしたことはないことなどを勘案すれば、前記原告本人の供述部分は採用しえない。

その他に、原告が看守係、担当の捜査官に対し、痔の治療を受けさせるよう要求したことを認めるに足る証拠はない。

3  したがって、前認定のとおり原告の痔の症状が直ちに治療、手術を要するものではなかったこと、原告が痔に関して山本警部補らに治療の要求をしたとも認められないことに加えて、一般的に痔は重篤な疾病にあたらないものであることを勘案すれば、原告の右主張には理由がない。

五  被告国及び被告都に対する請求についての結論

以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告国及び被告都に対する請求には理由がない。

第二本訴請求原因中被告乙山ら及び被告丙川に対する請求について

1  本訴請求原因2(二)の事実は原告と被告乙山らとの間では争いがなく、同5(一)の事実のうち被害日時の点を除いて、原告と被告乙山らとの間では争いがない。

2  《証拠省略》によれば同1の事実を認めることができる。

3  《証拠省略》によれば同2(一)の事実を認めることができる。

4  《証拠省略》によれば、乙山が被害日時を昭和五六年一〇月二八日ころの午前一〇時ころから午前一〇時三〇分の間として本件被害届出をしたことが認められる。

5  そこで、同5(一)の事実のうち、被告丙川が乙山とともに本件被害届出をした点及び同5(二)の事実について判断する。

(一)  前記当事者間に争いのない事実、前記2ないし4で認定した事実、《証拠省略》を総合すれば以下の事実を認めることができる。

乙山及び被告丙川は本件土地を買取りたいという乙林ハウスの営業部員であった原告の訪問を昭和五六年一〇月初旬から中旬にかけて数回受け、乙山及び被告丙川が原告に対し本件土地を売却してもよいという意向を示したことから、乙山は原告と同月中旬ころ乙林ハウスの事務所を訪問する旨を約したが、右約束の日に原告から乙山へその訪問の日時を遅らせてほしい旨の電話があった。

また、原告から右数回の訪問を受けた間に、乙山は原告の要請で本件土地の正確な所在地を確認すべく、本件権利証を金庫から出して乙山方二階居間のサイドボードの下においておいた。

同年一〇月下旬ころ、乙山は、原告の訪問を受け、乙山方二階居間で原告と本件土地買収の件で話をしていた中途で小用を足すため中座して居間に戻ると、原告が乙山方を辞しかけていたので、原告に声を掛けたが、原告はそそくさとした態度で乙山方を辞した。原告が辞した後、乙山は、二階居間のサイドボード下においてあった本件権利証の入った茶封筒が紛失しているのに気づき、原告が持って行ったものと考え原告のあとを追いかけたが原告の姿はなかった。

その後も、乙山は、原告に本件権利証の所在について質問しようと原告の訪問を待っていたが、原告が訪問してこないので、同月末ころ乙林ハウスの事務所を訪問したところ、事務所は閉鎖されており、原告は辞職したということであった。さらに乙山が乙林ハウスに電話しても原告に連絡がつかない状況であったところ、乙山の上司という甲田から乙山方に電話があり、原告方の電話番号を知らされたので、原告と連絡がとれたが、原告から権利証の所在は知らないこと及び権利証がなくても心配することはない旨の説明を受け、乙山は原告の右説明を信用していた。

ところが、被告丙川が近くの不動産屋から権利証は重要な書類なので被害届出をした方がよいという説明を受け、その旨乙山に伝えたところ乙山は本件被害届出をした。

(二)  これに対し、《証拠省略》中には、原告は、乙林ハウスの営業部員として昭和五六年一〇月九日から同月一六日にかけて乙山方を四回訪問しているが、同月二〇日に乙林ハウスから解雇の申渡しを受けているので、その後は乙山方を訪問する理由もなく、同月一六日以降乙山方を訪問していない旨供述する部分があり、同趣旨の内容及び同月二〇日以降の原告の所在についての供述を録取した証拠も存する。

しかし、前第一の二4(一)(3)で認定したとおり、乙林ハウスと、原告が次に就職した乙本地所での業務内容がほぼ同一で、乙本地所から買収交渉先として渡された那須郡の土地の所在地名簿の中に乙山所有の土地の所在地が含まれていたこと、原告は、乙林ハウスで土地買収交渉の対象となっていた土地の所有者を乙本地所の社員として訪問したことがあること、また乙山は本件土地を乙林ハウスに売却してもよいという意向を示し、原告は乙山から乙林ハウスの事務所に出向く約束まで取り付け、あと一息で買収に成功するという段階に達していたこと、原告は長年不動産仲介業を営んできたこと、また、本件全証拠によっても、乙山及び被告丙川において原告を罪に陥れようとする原因となりうる事情も窺われないことを考え合わせれば、遅くとも原告が丁沢地所に採用されたことを知ったと認められる同月二七日以降、乙山が乙林ハウス事務所を訪問した同月末ころの間に原告が乙山方を訪問した蓋然性はかなり高いものと認めるのが相当である。したがって、前認定に照らせば、原告の前記供述部分を採用することはできない。

(三)  また、本件全証拠によっても、乙山及び被告丙川が原告が本件被疑事実にかかる罪を犯していないことを充分認識していながら、原告に刑事処分を受けさせる目的で、ことさら虚偽の事実を警察官に対して申告したとまでは認めるに足りない。

2 したがって、その余の点を判断するまでもなく、原告の被告乙山ら及び被告丙川に対する請求は理由がない。

第三反訴請求について

一  反訴請求原因1(一)及び同1(二)は当事者間に争いがない。

二1  まず、一般的に、訴えの提起が違法な行為となるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者がそのことを知りながらまたは通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのに、あえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められる場合である(最高裁判所昭和六三年一月二六日判決民集四二巻一号一頁参照)。

2  右基準に従って反訴請求原因同1(三)について判断する。

原告の被告らに対する請求がいずれも理由がないことは前示のとおりであるが、前記認定事実によっても、原告が真実は本件権利証を窃取していたにもかかわらず、不起訴処分となったことを奇貨として、被告丙川に対し本件訴訟を提起したとまでは認めることはできない。また、前認定のとおり被告丙川が本件土地の登記名義人である丁原の実母であり、被告乙山の内縁の妻であること、《証拠省略》によれば、被告丙川は、乙山に代わって原告から土地買収に関する説明を受け、また、比較的早い時期から原告に対し値段によっては土地を売却してもよいという意向を示していたことが認められ、右事実を勘案すれば、本件全証拠によっても、原告は、本件訴訟提起の段階で、少なくとも、原告は、被告丙川が本件被害届出をするにつき関与をしていなかったということを知っていたとは認められないし、これを容易に知り得たとまでは認められない。以上によれば、原告の被告丙川に対する本訴請求が、事実的、法律的根拠を欠き、そのことを知り、または容易に知り得たのになされたとまではいえない。

三  したがって、反訴請求はその余の点を判断するまでもなく理由がない。

第四結論

以上により、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないからこれをいずれも棄却し、また、被告丙川の原告に対する反訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒井眞治 裁判官 三輪和雄 尾立美子)

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